原鶴温泉旅館窓から





咸宜園






日田(木製品の町)




岩尾薬局(1階が江戸、2階が明治、3階が大正と時代ごとに建て増しされた建物である




岩尾薬局




岩尾薬局




青の洞門

















夢博物館















昭和の町










熊野磨崖仏を見たい為に途中で何度か帰ろうかと思った嶮しい石段





熊野磨崖仏





穏やかな顔をしていた





国東半島で立ち寄った宮崎の鼻





ホテル別府パストラス


8日目 25日(水)晴れ
福岡県朝倉市(原鶴温泉)から大分県別府市

今日の目標は別府泊まりだ。その間大分県の「咸宜園」「岩尾薬局」「青の洞門」「駄菓子屋の夢博物館」「熊野磨崖仏」を見学する予定で原鶴温泉を後にした。

まず向ったのが咸宜園である。広瀬淡窓が開いた塾で偉人達が学んだ名門塾である。現在残っている建物は淡窓の叔父で俳人の広瀬月化が建てた萱葺きの建物だった。ここの案内人、他に観光客がいなかったからか詳しく私に説明してくれた。

ここから5分ほど走ったところに日田の里があった。暮しを彩る生活の道具を揃えたお店.や落ち着いた木製品の器や下駄、布製品.など色々な情緒ある製品が立ち並ぶ通りだ。この辺りに岩尾薬局があると聞いたので下駄屋さんにバイクを停車させて訊くと隣の路地を入ったところにあると教えてくれた。

丁度私も下駄が欲しかったので一足購入した。色々話を聞くとこの町は木製品の町だそうだ。

 

ここの女将さんが言うのには主人が今年一月に亡くなって悲しさが覚めやらぬと言って涙ぐんでいた。66歳のご主人だと言っていたが主人が履いていた下駄を指差して「この下駄が履き易いと気に入っていた」と言っていた。きっと仲つつましいご夫婦だったのではと思った。

序に駐車場が近くにないか訊くと直ぐ先に私とこの駐車場があるのでそこに止めて下さいと親切に言ってくれたのでその場所に駐車させてもらった。

 

ガイドブックに載っていた岩尾薬局に行った。玄関を入ると「見学ですか」と言われ入館料を払って奥に進んだ。この岩尾薬局は安政2年(1855)創業の薬商が公開している施設で、国の登録文化財に指定されている店である。1階が江戸、2階が明治、3階が大正と時代ごとに建て増しされた建物である。日本丸という薬がヒットして名が知れたようだが読み方は「にほんがん」というらしい。その他にも昔見覚えのある市販薬がいくつかあった。

次に向ったのが青の洞門だ、享保20年(1735)ごろ、この地は多くの人が命を落とした難所だったらしい。これを見かねた禅海和尚がノミと槌だけで掘り抜いたトンネルがある。いくつものトンネルを見て唖然とした。



青の洞門で食べたざるそば

この場所で昼食を済ませ駄菓子屋の夢博物館に行くことにした。国東半島に出るまでに2時間近く掛かった。この駄菓子屋の夢博物館、昭和ロマン館などは面白かった。5万点を超える昭和の懐かしいお菓子、おもちゃ、乗り物、映画の看板、昭和の茶の間等々レトロな気分が楽しめる博物館である。又この博物館の前が昭和の町になっており散策したがこれまた楽しかった。

 

次に向ったのが熊野磨崖仏(国の重要文化財1964年5月26日指定)「鬼が積みし石段を 登らば現れむ 岩に刻まれし 大いなる仏よ」の見物である。これを写真に収めようとしたが途中でこれ以上登ることが出来ないと思うほどしんどかった。写真に収めた時は既に午後4時20分頃だった。

これで今日の見学予定は全て終了。後は別府に向って約1時間半ほど走行し宿をとるだけ。

しかし熊野磨崖仏に向う途中ガソリンスタンドで給油中、店員さんと色々話をしていると国東半島は海沿いで綺麗と聞いたのを思い出して思い切って駄菓子屋の夢博物館まで戻り国東半島の海沿いを走行することにした。そうなると戻る時間も合わせると別府到着が3時間後の午後8時前になる。

別府だと宿泊先は多いはず何とか成るだろうと夕暮れの国東半島を海沿に走行した。途中宮崎の鼻というのがあったので立ち寄ったがロッジがあるだけで特に立ち寄るほどの事もなかった。大分空港を通過する頃は既に日は暮れて夜間走行になった。

別府市内に入ると観光地とはいえ完全な市街地だ。途中コンビニに立ち寄ったが店先周辺にいる若者は全て携帯電話を片手に大阪に負けないほどの情景が目に入った。そんな中で今日の宿泊先を探す為ナビで検索したのがホテル別府パストラスである。問い合わせをしたら夕食抜きでOKが出た。この場所からバイクで10分ほど先にあった。

ホテルの前まで行くと5000坪もある大きなホテルでフロントも気持ちよく受け入れてくれた。

バイクの荷物を降ろす準備をしていたらコンパニオンが数名ホテルを出入りしていた。パーティーでもあったのだろうか。熊野磨崖仏に向う途中ガソリンスタンドの店員が言っていたが別府は客慣れして私は手前の鉄輪辺りの温泉が情緒があって好きだと言っていたがそういえば途中に鉄輪という地名があった。

 

遅い時間に到着したので夕食は外食になる。フロントで近くに食事をするところがないか訊ねたら、繁華街まで出れば沢山あるが近くにはファミリーレストランか焼肉屋しかないという。徒歩で5分ほど行ったところに焼肉屋があったので入ったがこれが又ひどい。店の構えはまあまあでロースを頼んだのが出てきたロースが薄すぎて店員さんにこれロースですかと訊ねたくらいだ。ビビンバももう一つ美味しくなかった。


又家族連れの様なお客さんがいたが20歳位の娘さんの口が悪いのにも驚いた。いくら親子とはいえ分別がなさ過ぎるのではないかと腹立たしい思いがした。

ホテルに戻り露天風呂に入ろうと通路を歩いているとラウンジのドアの向こうで観光客がカラオケをしている歌声が聞こえていた。それにしても今日は遅くまでよく観光をしたものだ。露天風呂に入って11時頃寝た。




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